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七草粥とは?その意味と由来

お正月も三が日を過ぎ、おめでたい気分も一息つく頃、七草粥の季節がやってきます。一年間の無病息災と五穀豊穣を祈念し、神様にお供えしたお米と春の七草でお粥を作るのです。

最近では、その時期になると、スーパーや八百屋さんの店頭に七草をセットにしたパック商品が並びます。あなたも、一度くらいは目にしたことがあるのではないでしょうか?

七草粥
しかし、春の七草自体は、決して美味しい物ではありませんし、栄養価の高い物でもありません。では、なぜ春の七草なのでしょう?

ここでは、七草粥の意味と由来を紐解き、その歴史に迫ってみたいと思います。

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七草粥とは

七草粥とは、その名の通り「春の七草」を入れたお粥の事です。古来より、1月7日の朝に食べるという風習があります。

関東では、「七草なずな 唐土の鳥が 日本の国に 渡らぬ先に ストトントン」と歌いながら、包丁の背で春の七草を細かく叩くと言われています。このような歌が残っている点こそが、古来では神聖なる宮中儀式であった事を伺わせます。

YouTubeを探してみたら、歌いながら七草を切るという動画があったので、参考に載せておきます。


※音量注意※
東北地方など、春の七草が手に入らない地域では、ゴボウやニンジンなどの根菜類や油揚げを入れた七草汁を作る場合もあります。

また、四国地方の一部では、七草を和え物やお浸しにして食すようです。他にも、地方によって、その地方独特の七草粥が数多く存在します。これは、古くから日本人に愛されてきた証拠と言えるのではないでしょうか。

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七草粥の由来

七草粥は、五節句の1つである人日の節句(1月7日)に食されます。人月とは、人を占う日という意味があります。

古来中国では、人日に七種の菜を温かい汁物にして邪気を払う風習がありました。それが、平安時代中期に日本に伝来したとされています。当初は、平安時代の宮中行事として執り行われていましたが、鎌倉時代に、広く一般庶民に広まったと言われています。

七草粥
平安時代の宮中行事の頃は、春の七草ではなく、「コメ、クリ、キビ、ヒエ、ミノ、ゴマ、アズキ」を使用していました。春の七草を使用するようになったのは、庶民に広まった鎌倉時代からと言われています。

七草粥は、神社でも振る舞われる事があります。平安時代の神事の名残と言えるのではないでしょうか。

また俳句の世界では、七草粥は新年の季語として扱われます。平安時代から、受け継がれてきた伝統たる所以です。


七草粥に込められた意味とは?

1月7日の人日の節句は、別名、七草の節句や七種の祝いとも言われています。神棚にお供えしたお米やお餅を使って、お粥や雑炊を作り食す事で、家族全員の一年間の無病息災と五穀豊穣を祈念します。


※音量注意※
また、正月期間の祝酒や暴飲暴食で疲れた胃を癒す効果があるとも言われています。セリには、目の充血やめまいを予防する効果があり、ナズナは、消化機能を整えます。ゴギョウには、咳止め、タン切りの効果があり、ハコベラは、胃炎に効果的です。ホトケノザは、筋肉痛に効果があり、スズナとスズシロには、整腸作用があります。

消化吸収の良いお粥に、これら様々な効果のある七草を入れる事で、病気を予防する効果が期待できるのです。

しかし、近年では、ファーストフードやコンビニ、ファミレスの増加などで、若者の七草粥離れが進んでいるのも現実です。若者にとって、七草粥はあまり魅力的な食べ物ではないのです。

スーパーや八百屋さんでは、少しでも七草粥に親しんでもらおうと、七草をセットにしたパックなどを販売し、積極的にPR活動を行っています。

日本に昔から伝わる伝統文化を、このまま廃れさせていくのは、勿体ありません。年に一度の行事として受け入れ、受け継ぐ必要があるのではないでしょうか?

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記事公開日: 2015年02月27日
最終更新日: 2015年07月03日

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